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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)2645号 判決

原告 国

代理人 松宮隆 外一名

被告 守屋栄夫 外三名

主文

被告ら四名は原告に対し、別紙物件目録記載の建物部分を明渡せ。

被告ら四名は連帯して原告に対し金一七四、五八七円および昭和三五年四月一日から前項の建物部分明渡ずみまで一ヶ月金三五、六四九円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

一、本件建物が原告の所有であること、被告ら四名が本件建物部分を占有していることは当事者間に争いがない。

二、そこで被告らの本件建物部分の占有権原の有無について判断する。本件建物が国有財産法第三条第二項第一号にいう公用財産であること、本件建物がもと訴外東拓の所有に属し、被告守屋が東拓より本件建物の一部四〇五号室四〇六号室等を賃借してきたが昭和二一年原告が本件建物を所有するに至りその後昭和二三年七月になつて原告は本件建物の借室人らを相手方として明渡請求の訴訟を提起するに至つたこと、右訴訟は調停に附せられ結局昭和二五年一〇月一二日原告と被告第一工務を除く被告守屋らとの間に「原告は被告守屋ら三名に対し右従前の占有室の賃貸借に替え、本件建物部分を国有財産法による貸付を行うものとする。この場合使用期間、使用料およびその支払の時期方法等は国有財産法の規定による。」との趣旨の調停が成立したこと、右調停条項にのつとり昭和二六年原告が被告守屋らに本件建物部分につき国有財産法による貸付をなし、爾後毎年四月一日頃毎に期間を一年としてそれを更新して貸付けてきたことは当事者間に争いがない。

しかして本件建物部分を目的とする国有財産法による右貸付の法律的性格について被告守屋らは本件建物が全体として形式上公用財産となつていても、その内私人に使用させている本件建物部分は実質上普通財産と異らないので賃貸借であると主張し他方原告は本件建物部分が公用に供するものと決定されたいわゆる予定公物であつてその貸付は国有財産法第一八条、第一九条に基づく行政処分によるもので公法上の使用許可関係であり、仮にそうでないとしても賃貸借に類似した私法上の無名契約であると主張する。そこでこの点についてまず検討する。

本件建物は公用物とされているのにその一部の本件建物部分をそれ以前より公用物の目的外である私人が使用していたもので、もちろん公用であることを廃止したわけでもないから被告守屋らの主張するように私人が使用していることだけの理由で本件建物部分がいわゆる普通財産になつたものと解すべきでなく、むしろ私人の使用中のものを公用物としたのだから将来公の目的に供用されるべきことを決定されたいわゆる予定公物と認めるべきであり、その管理や使用収益については公用物に準じて取扱われるべきである。しかしながら公用物または予定公物の貸付けだからといつてその使用関係が全て公法上の法律関係になるわけのものではなく、その公の用途または目的を妨げない限度でまた予定公物については実際に公用又は公共用となる時期までは私人に使用収益させるため私法上の契約関係例えば賃貸借による使用関係をも設定することを得るものと解すべきである。これを本件についてみると本件建物部分は未だいわゆる予定公物として具体的な公の使用目的又は用途が定められておらないまま国有財産法による貸付がなされているので、原告と被告守屋らとの本件建物部分使用関係が賃貸借であるのか行政処分による公法上の使用許可関係であるのかは前記調停条項のみによつては明らかにならないが(証拠省略)によると本件建物がいわゆる予定公物とはいえ、本件建物部分を含めその使用関係の特殊事情にかんがみ前記調停により残留した者は原則としてその使用部分の使用関係を更新請求することができ、本件建物の使用を比較的長期にわたつて保障されていることが認められ、従つて右使用関係は公物本来の目的を妨げない程度の一時的使用を許可したいわゆる許可使用の関係ではなく、また公物管理庁に使用許可について自由裁量を許したいわゆる特許(特別)使用の関係でもないこと、前記のように調停前の使用関係が賃貸借であつたところ(証拠省略)によると原告としては本件調停当時本件建物全部を使用する必要なかつたので一部残留者を承認することにしたことが認められるのでその使用関係については国有財産の特質ならびにその本来の目的に適応する管理権の範囲内で使用期間、使用料の額支払方法、時期等を定め国有財産法の規定に矛盾牴触しさえしなければあえてその使用関係の法的性格まで変えてしまう必要もなかつたことなどを総合考慮すると、原告と被告守屋らとの本件建物部分貸付使用の関係は私人の権利を特に尊重した借家法の規定は適用されないが一般私法の規制を受ける賃貸借契約であつたものと認められる。原告は本件建物部分使用関係について予備的に賃貸借に類似した私法上の無名契約であると主張するが、本件の場合これを特に賃貸借契約と区別すべき点も見当らず、その必要性、実益もないので敢えて無名契約だというに足らない。

三、次に原告の右賃貸借契約解除の主張について判断する。

(証拠省略)甲第八号証の一ないし三、同第九号証の一ないし四によると、本件建物部分の使用条件を定めた使用許可書(これが実質は賃貸借契約書に該当することは前述のところから明らかである)には昭和二七年当時より「使用者はその権利を譲渡転貸し、若しくは同居人を置き又は使用許可の目的以外の用途にこれを使用してはならない」旨の条項が記載されていたこと、右条項は調停の当事者である残留者が全て了知していたことが認められる。

然るに被告らは被告守屋らが本件建物を東拓から賃借していた当時から、賃借権の譲渡転貸は禁止されていたけれども同居人を置くことは自由であつたので被告らは前記調停当時にも同居人を入れていたが原告は右事実を知悉の上、調停においても使用期間、使用料、およびその支払の時期方法については国有財産法によるけれどもその他の賃貸借条件は従前東拓時代の賃貸借条件と同様とすることを諒解したものであり、また調停成立後成立した賃貸借においても被告守屋らにおいても同居人を置くことは自由とされており右使用許可書の前記条項の記載には拘束されない旨の合意が原告と被告守屋らとの間にあつたと主張している。(証拠省略)を総合すると次のような事実が認められる。即ち

被告守屋らは本件建物が東拓所有の時代からその借室を訴外斉藤円治同加美山寿、らに使用させており原告所有になつてからも同様訴外七星閣、同芳賀静らに使用させていたこと、本件調停成立の時には右七星閣も一応借室使用者として当事者になつていたこと、右成立した調停により東拓と被告守屋ら間の従前の賃貸借を終了させて原告が被告守屋らに改めて国有財産法による貸付が行われることになつていたが、その具体的条件については調停成立後大蔵省会計課、国税庁会計課と本件建物に残留することになつた者の交渉団体即ち国税庁ビル在室者大和会および被告守屋らの所属した大蔵省別館在館者協同組合との間で交渉され、前掲乙第九号証、甲第八号証の一ないし三、同第九号証の一ないし四のような使用条件案やそれに対する条件案修正案等の回答を記載した書面が相互に取交されてきたこと、右条件案中には前述のような転貸、同居等禁止の条項も記載されていたこと、右交渉中である昭和二六年八月一一日頃、被告守屋が当時の国税庁会計課々長補佐北沢善男に対し、手紙で「被告守屋らの借室は被告守屋個人の名義ならびに責任で使用許可してもらいたい、その内部の利用者について拘泥してもらいたくない」との趣旨の申出をなしたこと、右のような交渉を経て結局同年八月二九日頃使用条件が決定し、その決定した使用条件には前記のような権利の譲渡、転貸、同居人を置くことを禁止した条項があつたこと、被告守屋らは右使用条件に従うことで大蔵省に本件建物部分の使用許可を申請してその使用を許されたこと、そして以後同一の使用条件で賃借し昭和三〇年以降は契約更新の度ごとに右使用条件を記載しこれを承認したことを示す請書を大蔵省に対し提出してきたことが認められる。

右認定事実によれば本件建物部分の貸付条件を決める当初の交渉の中で被告守屋らが同居人をおくことを許可してもらいたい旨の申出を一方的にしたことが認められるも原告がこれに同意を与えていなかつたこと、そして被告守屋らも結局前記協同組合の一員として他の残留者と同様の使用条件で借りることを承諾していたことが認められ、右認定に反する被告守屋本人の、同被告らが東拓所有時代の賃借条件を引継ぐことを原告において承知したとか、前記転貸借同居等禁止の使用条件項に拘束されない旨の合意が原被告間にあつたとか、表へ看板を出さなければ同居人を置くことを原告が認めたとかいう供述部分(第一ないし第三回)はたやすく措信できず、他に被告守屋らが転貸同居人を置くことを許されていたことを認めるに足りる証拠はない。

以上の判示に基づき被告守屋らは本件建物部分を転貸したり同居人を置いたりすることは禁止されていたものといわねばならないところ被告守屋らが本件建物部分の一一〇号室に被告第一工務を同居させこれに使用占有なさしめたことならびに訴外新日東産業株式会社、同田中常治をも本件建物部分に同居させたことは当事者間に争いがなく、(証拠省略)によると訴外大東株式会社が本件建物部分中一〇九の二号室を使用していたことが認められる。従つて被告守屋らは被告第一工務等に本件建物部分に同居を許しこれを使用占有させたことは前記転貸、同居等禁止の使用条件に違反するものといわねばならないところ、これに対し被告らは被告第一工務は被告昭和連盟の会員であつて同被告の借室を会員が自己の事務所として使用し得ることは被告昭和連盟の規約にも規定されているので第三者に使用させたことにならないと主張している。

しかし(証拠省略)によると、被告昭和連盟はその規約上政治教育および政治思想の普及を目的とした団体であり、実質的には戦前衆議院議員であつた被告守屋の政治的活動の基盤ないしは後援組織であり、その目的のための活動として雑誌パンフレツトの刊行、講習会、講演会の開催等をすることになつていたこと、そして右活動方針に副うものとして昭和一八年頃までは「明るい政治」という機関誌の発行をしていたが戦後は実質的の活動はほとんどなかつたこと被告昭和連盟の規約第六条第二項において連盟の会員は講習会、講演会、倶楽部に出席し得るのみならず理事長の承認を得て事務室の一部を使用することができる旨規定されていたことが認められる。しかしながら(証拠省略)によると、被告第一工務は昭和二六年一一月一八日に設立された営利会社であつて本件建物部分を同被告の本店の業務を行う事務所として使用し被告昭和連盟の目的たる政治的活動とは何ら関係がないこと、右本木啓輔が元は連盟の会員であつたが現在は被告第一工務が名目上会員としてあることが認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。

なるほど被告昭和連盟の規約によれば会員が事務所の一部を使用することができることになつているが、右規約に掲げられた前後の条項ならびに被告昭和連盟の目的、活動に照らせば会員が右事務所の一部を利用できるのは社会常識上当然連盟の活動と関連する範囲において認められるべきであつて、単に会員であるからといつて半永続的に一部の法人又は自然人の会員が自己の営業のために使用することを被告昭和連盟の使用と同視することは出来ないものと思料される、よつて、被告第一工務などの本件建物部分の使用占有を被告昭和連盟の使用の範囲内であるという被告らの主張は到底容認することはできない。

そうだとすれば原告が被告守屋らに対し昭和三四年九月一四日付、同一九日到達の内容証明郵便をもつて、被告守屋らの本件建物部分の賃貸借を、前記転貸同居禁止等の使用条件違反を理由として使用許可取消の形式で解除の意思表示をなしたことは当事者間に争いがないので被告守屋らの本件建物部分の使用を目的とする賃貸借契約は同被告らの債務不履行により昭和三四年九月一九日をもつて解除されたものといわざるを得ない。

四、そこで右解除の意思表示が撤回されたとの被告の主張について検討する。

右解除の意思表示の後である昭和三四年九月末と同年一〇月大蔵省大臣官房会計課長名義で被告守屋らに対し、本件建物部分の同年一〇月分と一一月分の各使用料の納入告知があり、被告守屋らがこれに応じて右各使用料を納入したことは当事者間に争いがないが、(証拠省略)によると本件建物部分の使用許可契約等の管理は大蔵省会計課管財係が担当し、その使用料等の徴収事務は毎年度始めに右管財係より債権発生通知書を受けとつた同課収入係が担当し、その年度中毎月使用者に使用料の納入告知書を送付して徴収する事務手続になつていること、被告守屋らの使用料は昭和三四年九月一九日に契約解除になつているのに管財係より直ちに右使用料債権消滅の通知が右収入係になされず同年十一月二六日頃に至り漸くなされたため収入係ではその間に機械的に同年一〇月分、一一月分の使用料納入告知をなし、これが納入を受けたが、右債権消滅通知受領後その手違を発見し直ちに被告守屋らに右一〇月分、一一月分の使用料の誤納還付を申出でるべき旨の通知がなされたことそして同年一二月分以降の使用料については被告守屋らに納入告知していないことが認められる。右のような事情であつてみれば、原告が被告守屋らに対し本件建物部分の賃貸借解除の意思表示は、その意思表示後に事務手続の過誤から二ヶ月分使用料を請求しこれを受領したからといつて無効となるものでなく、又直ちに右解除の意思表示を撤回し従前の賃貸借の継続を承認したものということはできない。

五、以上の説示によれば被告守屋らの本件建物部分の占有権原は昭和三四年九月二〇日消滅し、被告第一工務は何ら原告に対抗しうべき権原もないので被告らは原告に本件建物部分から退去して明渡す義務があるといわねばならない。

六、(省略)

七、よつて原告の被告四名に対する本件建物部分明渡請求ならびに昭和三四年九月二〇日以降の使用料相当損害金の賠償を求める請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石原辰次郎 長利正己 鬼頭季郎)

目録(省略)

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